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泣き虫しょったんの奇跡 サラリーマンから将棋のプロへ / 瀬川晶司 著

35歳で会社員からプロ棋士になった瀬川氏の自叙伝。

泣き虫しょったんの奇跡 サラリーマンから将棋のプロへ / 講談社 / 瀬川晶司 著

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瀬川氏のことは、2005年当時マスコミで大きく取り上げられたので、ご存じの方もいるだろう。
通常、プロ棋士になるには、日本将棋連盟のプロ棋士養成機関である奨励会に入会する必要がある。そして、奨励会の中で勝ち抜き、四段に認定されるとプロ棋士になることができる。奨励会には、全国からトップレベルの子どもたちが集まり、その入会試験にパスするだけでも難しい。入会できたとしても、奨励会には年齢制限制度があり、26歳までに四段になれなかった者は、強制的に退会させられ、二度とプロ棋士になることはできない。
瀬川氏は、奨励会に入会し三段までのぼりつめたが、三段リーグを勝ち抜くことができず、26歳の年齢制限で退会した経験があった。苦い経験を乗り越えて、アマチュア棋士として再生し活躍していた瀬川氏だったが、彼が35歳のとき、2005年に日本将棋連盟に嘆願書を提出した。実力さえあれば誰でも年齢に関係なく、プロ棋士になることができる制度を作ってほしいという内容であった。当時、瀬川氏の対プロ棋士の勝率は7割を超えており、仲間の協力に支えられて、日本将棋連盟にプロ棋士になりたいという意向を表明したのである。
日本将棋連盟は、連盟所属のプロ棋士全員による投票の結果、瀬川氏のプロ棋士編入試験将棋を実施することを決定した。(後に日本将棋連盟はプロ編入試験将棋を制度化した)
プロ棋士編入試験将棋は、全部で六局行われ、三勝できた時点で合格、四敗した時点で不合格とするもので、合格するとプロ棋士として四段を認定するものであった。瀬川氏は第五局で三勝し、見事にプロ棋士になることができた。
本書は、上記の経過の中での苦悶や葛藤を瀬川氏自身が書いた自叙伝である。

以下、印象に残ったところを抜粋。

つねに精神が張りつめている奨励会員にとって、遊ぶことは必要である。次の戦いのために遊ぶのであれば。だが、僕は、何かから目をそむけるために遊んだ。その何かとは、死にひとしい年齢制限の恐怖だった。努力をするためには、現状の把握が必要である。それができて初めて、どんな努力をすべきがわかる。だが、僕にはそれができなかった。現状を直視することは、死が自分にどれだけ迫っているかを直視することにほかならない。そのあまりの怖ろしさに、僕は逃げた。逃げて、流されて、それでも自分が四段になることは疑おうとしなかった。いま、もし僕が苦しんでいる奨励会員にいえることがあるとすれば、逃げないでほしい、ということだけだ。逃げずに恐怖を見つめてほしい。前進はその向こうにしかない。逃げて悔いを残さないでほしい。

これは、瀬川氏から奨励会員に向けたアドバイスである。瀬川氏自身が逃げることによって、プロ棋士になることができなかった経験があるので、非常に含蓄のある言葉である。自分にとって大切なことに取り組むとき、恐怖が付きまとうことがあるが、事を全うする上で、恐怖の克服が大きな課題であることがよくわかる。

以下、印象に残ったところを抜粋。

あとは用もないので、将棋会館を出た。猛やんが僕を見ていた気もするが、よく覚えていない。いつものように千駄ヶ谷で電車に乗り、中野で降りた。いつものように改札を抜けて大通りに出た。僕の下宿は細い道を右に曲がった先にある。だが僕はその道を通り過ぎ、まっすぐに大通りの人込みのなかに入っていった。やがて通りの端まで来ると、横断歩道を渡り、通りの反対側を、駅に向かって歩いた。駅まで来ると、また横断歩道を渡り、さっき歩いた通りを歩いた。そんなふうに夕方の大通りを、僕は何周もぐるぐると歩いた。歩いているうちに、きょう起こったことがだんだん、わかってきた。僕は年齢制限になった。奨励会を退会になった。僕はもう一生、プロになれない。僕が谷川や羽生と名人位を争うことは、もう絶対にない。僕はゼロになった。小学五年生からこの歳になるまで将棋しかやってこなくて、将棋がなくなったんだから、ゼロだ。残りは一ミリもない。ゼロだ、ゼロ。そこまで理解した僕は自分の腕を切り落とし、目を抉り出し、頭を叩き潰したくなる衝動に駆られた。こんなもの、もうあってもしょうがない。ないほうがいい。無意味で無能で、かっこだけ人間みたいなものがよけいに腹立たしい、僕の体、僕の全部。僕は僕を消したかった。消えてなくなりたかった。青酸カリを飲むとこうなるのかと思うほど苦しかった。次に、とてもつもない後悔が襲ってきた。なぜもっとがんばらなかったんだ。時間は、ありあまるほどあったのに。こんなことになるなら、もっとがんばればよかった。もっと詰め将棋を解いて、もっと棋譜を並べて・・・。あまりにつらい後悔に耐えきれず、僕は矛先を変えた。全部将棋のせいだ。将棋なんかやらなきゃ、こんな目にあわずに済んだんだ。ふつうに暮らしていけたんだ。どうして将棋なんか、将棋なんかやってしまったんだ・・・。すれ違う人たちが、僕を見てはっとした顔になっている。それで気づいた。僕は涙を流しながら歩いていた。

これは、瀬川氏が三段リーグでの対局に敗れ、年齢制限による退会が確定的になり、対局が行われた将棋会館を出た後の記述である。何ともリアルな記述で、そのときの様子が痛いほど伝わってくる。

日本将棋連盟への嘆願の是非はともかく、前例を覆すために行動を起こし大きな騒動の中心にいた瀬川氏の自叙伝は非常に読み応えのあるものだった。生い立ち、将棋との出会い、ライバルと切磋琢磨する中で全国中学生選抜将棋選手権大会で優勝した経験、奨励会での苦闘と仲間との傷の舐め合い、奨励会を退会することが確定したときの絶望感、将棋に見切りをつけ再生した様子、再び将棋を指し始め将棋を指すことの楽しさに気づいた様子、プロ棋士になる決意を固めた経緯が、その時の正直な気持ちとともに述べられていた。
何より文章が読みやすいので、どんどん読み進めることができた。将棋を知らない人でも、最後まで飽きることなく読み終えることができるだろう。今、目標に向かって頑張っていて苦境に立たされている人が、本書を読めばきっと何か得るものがあるはずだ。


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いまだ下山せず! / 泉康子

山岳遭難発生後の遭難者に近い方々(遭難者の家族や登山仲間)のそれぞれの思いや対立、葛藤の記録。

いまだ下山せず! / 宝島社 / 泉康子 著

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遭難者の登山仲間である著者にしか書けない山岳遭難記である。山で亡くなった遭難者の遺体回収にかける執念に、山屋である仲間たちの特別な思いが読み取れる。著者が最後まで事実に基づく記述に徹して、上梓したことに感嘆せずにはいられなかった。山岳遭難記の中でも、非常に内容の濃い作品である。


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エンデュアランス号大漂流 / エリザベス・コーディー・キメル 著 / 千葉茂樹 訳

英国の探検家アーネスト・シャクルトンが結成した大英帝国南極大陸陸路横断隊が、約2年をかけて全員無事に生還を果たした漂流記。(その2)

エンデュアランス号大漂流 / あすなろ書房 / エリザベス・コーディー・キメル 著 / 千葉茂樹 訳

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エンデュアランス号漂流 / アルフレッド・ランシング 著 / 山本光伸 訳』と同じく、英国の探検家アーネスト・シャクルトン率いる大英帝国南極大陸陸路横断隊の漂流記。

エンデュアランス号の漂流記に関する本については、『エンデュアランス号漂流』と『エンデュアランス号漂流』の2つのタイトルの本があるので注意。

この本は、160ページほどの本で読みやすく、漂流記の概要を簡潔に知ることが出来る。また、一部の隊員の生還後についても触れられている。


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