スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

漂流記の魅力 / 吉村昭 著

1793年、難破船・若宮丸の船員がロシアに漂着。運命に翻弄された船員たちを描いた史実に基づくドキュメンタリー小説。
1793年、仙台藩から江戸へ出航した米俵を積んだ和船・若宮丸は時化に見舞われ、5か月の漂流後、ロシアに漂着した。
若宮丸の漂流民の中にはロシアの地でまもなく病死する者もいたが、かろうじて生きていた者は、後に二派に分かれることになった。何としても日本への帰国を望む者。もう一方はキリシタンの洗礼を受け、ギリシャ正教の信徒となり、ロシア政府に士官し日本語教師としてロシアで生きていこうとする者。ロシアで生きていこうとする者は、心細さのためか執拗に仲間を説得し勧誘した。やがて、帰国希望組とロシア残留組に不和と軋轢が生まれるようになった。
運よくロシア皇帝に拝謁し、帰国希望組は日本への帰国が許された。しかし、日本へ出航した後も順風満帆とはいかなかった。当時、キリシタン禁制をしいていた日本では、キリシタン宗門に改宗することは重罪とされており、断じて許されることではなかった。そのため、漂流者の中に洗礼を受けた者たちがいたことで、帰国を希望する自分たちに災いが降りかかる恐れがあることを心配していた。彼らは口裏を合わせ、ロシア残留組がキリシタン宗門に改宗したことを日本の取り調べを行う役人には黙っておくことにした。
世界一周(この時、漂流民らは日本人として初めて世界一周した)を経て、1804年、長崎に入港した。だが、日本の地に降りても、彼らはまだ安心できなかった。今回、日本への訪問によってロシア側は日本へ通商を求めようとしており、漂流民を交渉の材料に利用しようと考えていた。日本側もそのことを十分察知していたため、その術策に乗るまいとして漂流民に対して、全く関心を抱いていないという態度をとっていた。現にロシア側の使節レザノフが連れてきた漂流民四人を渡すことを条件に何か要求してきた場合は、『受け取るには及ばず、ロシアに連れて帰るも勝手次第』と告げるようにと幕府から交渉にあたった長崎奉行に伝令が出されていた。そのような状況であったため、漂流民らは日本への帰国が許されないかもしれないといぶかり、精神錯乱により自殺しようとする者も現れた。
結局、長崎に入港してから約7か月後の1805年3月、ロシア側の日本への通商要求の折衝は不成功に終わり、漂流民らは日本側へ引き渡されることになった。
その後、漂流民らは長崎、江戸、出身藩である仙台藩で、幾多の聴取を受け、13年ぶりに帰郷することになった。しかし、帰郷した1ヶ月後に長崎で自殺未遂をはかった漂流民が亡くなり、半年後にはもう1人の漂流民が病死した。残りの2人は帰郷からそれぞれ、8年、23年後に亡くなり、運命に翻弄された漂流民らの人生に幕が下ろされた。

漂流記の魅力 / 新潮社 / 吉村昭 著

⇒ Amazon.co.jp で詳細を見る

一章では日本の海洋文学事情について、二章以降では若宮丸の漂流について語られているので、タイトルの内容を期待していると拍子抜けするかもしれない。とはいえ、二章以降の若宮丸の漂流に関する記述は興味深く、当時の日本を含む国際情勢を絡めた話で面白い。


テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://endurance09.blog108.fc2.com/tb.php/3-cbc2f9ad
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | ホーム |  »

プロフィール

endurance09

Author:endurance09

主にノンフィクション系(ビジネス、科学、ドキュメンタリー)を読みます。小説も読みます。たまに映画も見ます。

リンク

最新記事

月別アーカイブ

カテゴリ

ビジネス (5)
科学 (1)
ドキュメンタリー (4)
ドキュメンタリー小説 (2)
小説 (1)
エッセイ (1)
未分類 (0)

最新コメント

最新トラックバック

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。